旧鳴子町と旅行・レジャー産業
平成13年に首相に就任した小泉純一郎によって推進された「聖域なき構造改革」「新自由主義」以降、銀行の不良債権処理が進んで金融機関は健全化して、長く緩やかな景気回復が続き、複合不況からは脱した。この景気拡大は専ら外需主導であり、公共投資の縮小及び企業の人件費抑制に伴う労働分配率低下により、内需と個人消費は冷え切ったままである。新興国の経済発展に伴い、重厚長大産業を含む製造業の復権が起こった一方、新しい産業としてはIT産業・介護サービス事業・人材派遣業が成長したが、これらはいずれも劣悪な労働条件が問題になっている。介護サービス事業と人材派遣業は経済効果がマイナスの産業で、介護産業は心身ともに勤労能力がない老人に投資する福祉であるのが前提で死期が近い老人に投資しても経済的還元がなくて、人材派遣業は製造業の崩壊や企業への忠誠心を低下させて、情報産業もマスコミ・流通手段の革命産業だが経済効果はそれほどなかった。バブル期のインフレ経済からデフレ経済に移行して、100円ショップ・古書店のブックオフコーポレーション ・マクドナルド・吉野家・円高還元セールなどの商品の値下げ競争が注目され、ギャンブル関係では、数字選択式全国自治宝くじ・ロト6・スポーツ振興くじ・競馬のワイドが導入された。また、若者は車離れをするようになった。2000年代後半に入ると、六本木ヒルズ族と呼ばれる富裕層が話題を振り撒く一方、「プレカリアート」と呼ばれる非正規雇用の増大や、フルタイムで働いても貧困から脱却できないワーキングプアの存在が表面化し、「格差社会」の到来が叫ばれるようになった。平成21年の日本政府の発表では、平成18年の時点で貧困率は15.7%であった。平成20年に入ると、景気は再び後退し始め、資源価格上昇の中で景気後退が続くスタグフレーションの進行が憂慮された。2000年代は輸出産業である製造業が好調だったが、人手不足は外国人労働者を含む派遣社員を中心にプレカリアートでまかなわれた。そのため、海外市場の減速が製造業を直撃した平成20年秋頃から、派遣労働者の解雇や雇い止めをする「派遣切り」が増加。職を失った派遣社員が大量に寮を追い出され、ホームレスと化して日比谷公園など全国各地に年越し派遣村が開設された。アメリカのサブプライムローンを引き金とする平成20年末からの世界同時不況は、「100年に1度の不況」や「第二次世界恐慌」と呼ばれており、製造業以外の業種にも深刻な打撃を与えている。世界同時不況では、主にプレカリアートが解雇や雇い止めに襲われ、平成21年3月までに19万人が失職した。
また期日が遅れたと同時に合併協定調印式の際に調印された内容も変更され、合併協定書の原本はホームページ上では公表されていない。なお、協定書の原本が公開されないのは全国では珍しいケースである。大崎市という名称に反対していた旧古川市民の一部が「条例を改正して市名を古川市に変えよう」という運動を展開し、市役所近くに看板も掲げている。しかし合併反対派だった議員や住民も議論の中身を「大崎市でどのようなまちづくりをすべきか。財政健全化をどう進めるか」という方向に移しており、市名変更の可能性は低いとみられる。旧市町単位で地域自治組織「まちづくり協議会」が設置されている。地域自治組織とは、「地域のことは地域で考え、地域で解決していくための仕組み」のこと。
中華料理ではアワビをゆでてから干したものを乾鮑とよび、大きいものはたいへん高価でかつ珍重される。日本でも古来、内陸部で食べる鮑は羅鮑で殻から取った物を干し乾燥していた。高級な干し鮑の産地として、日本の青森県や岩手県が知られており、大間町産のものや、大船渡市吉浜産のものは香港で非常に高値で取引されている。大きいほど高価になり、1斤当たりの頭数で、十頭鮑などと呼ぶ。日本以外では、南アフリカなどのものが比較的高級とされている。鮑の肉を塩蔵し、煮て乾燥したものを「明鮑」といい、中国料理に用いられた。その製造は複雑かつ細心の注意を要したものであった。その工程は、除殻、加塩、洗浄、整形、煮熟、焙乾、二度煮、乾燥というふうになる。原料は、ふつう「まだか」という種類で、新鮮な損傷の無いものを用いる。「貝起」で鰓を傷つけないようにしながら介殻を除去し、塩漬けをする。その目的は塩味を付けるとともに洗浄を容易にするためである。塩量は製品に大きく影響し、多すぎると、煮熟中に亀裂が生じやすくなり、しばしば表面に水膨ができる。塩が足りないと、肉面に黒点ができて肉が軟らかすぎて形が整わなくなる。塩漬は殻を除いた生鮑を大、中および小に分けて、4斗入の樽に並べて塩をまいて漬け込む。塩量は生肉10貫当たり、大粒なら6斤、中粒なら5斤、小粒なら4.5斤ほど。塩は表面に十分に付着するようにする。寒冷で塩が浸透しにくい時はいくらか増量し、温暖であれば減じる。塩漬けして翌朝取り出してその桶に淡水を入れ、草鞋ばきでその中に入り、残るくまなく踏んで肉面に付着した汚物、殻などを取り除く。そののち数回にわたって水洗いし、あらかじめ煮沸している手引き加減の釜に入れる。この時、鮑はしだいに縮まり、または変形するから、常に整形をし、かつ、肉が釜の底に焦げ付かないように注意しながら煮熟する。およそ1.5時間後、釜の蓋をはずし、さらに3〜4時間ほど煮熟し、掬い上げて陰干し、冷却する。肉が冷却すると焙炉にかけて乾燥する。これは「水抜き」といい、よく肉を反転して均一に火が通るようにする。こうして適当なときに火から取り下ろし、放冷し、翌日、肉がなおやわらかなものに二番火を入れる。次には二度煮をおこない、前回の煮熟の不足を補い、かつ、形状を固定させる。沸騰した釜に原料を再びいれ、湯が沸騰してきたら原料を掬い上げて蒸籠に並べ、風通しのよい日陰で放冷する。完全に放冷したらふたたび焙炉にかけてしばらく焙乾し、原料を握って我慢できないほどに熱が加えられれば取り下ろして放冷する。こうして日乾と焙乾をおおよそ晴天5〜7日続けて、焙乾をやめ、日乾だけをおおよそ1ヶ月続けて完成とする。中国医学ではアワビ属のミミガイ、フクトコブシ、エゾアワビなどの貝殻を、「石决明」と称して、薬用にしてきた。「清肝明目」、即ち、肝機能を改善し、同時に目の機能を高める効果があるとする。主成分は炭酸カルシウムであるが、現在は中国においても日本においても局方には入っていない。
三陸自動車道の石巻河南IC延伸が実現後の1998年8月1日、仙台 - 石巻線特急バスが運行を開始した。仙台 - 山形線や仙台 - 福島線同様にJR仙石線と競合する路線である。しかし、前述の2路線と異なるのは、高速道区間が石巻河南IC〜利府中ICと短区間であり、宮城県道8号仙台松島線〜仙台市道北四番丁岩切線など一般道路を走行する割合が高く、しかも時間帯によっては利府町内・国道4号山崎立体等にて渋滞する道路であるため、定時性はあまり保たれていなかった。その上、仙石線が快速・普通合わせて毎時2本であるが、高速バスは1日12往復であったため、仙石線のほうが利用者が多い。仙台市内では仙石線と直接競合する仙台駅周辺へ向かう乗客よりも、JR線が通っていない県庁市役所前など官庁街・一番町などの商店街へ行く乗客を主なターゲットにしており、石巻市内でも中心市街地以外にも住宅街や郊外の商業地域である中里や蛇田地区を経由し、こまめに乗客を拾っている。2007年4月には、石巻河南ICすぐ脇に開店したイオン石巻ショッピングセンターにバス停を新たに開設した。同時に、石巻営業所 - 広渕間在来路線の立ち寄り、石巻赤十字病院・石巻西高校・大街道方面ローカル路線の新設等も実施し、このSCを核とした誘客の工夫・利便性の向上等の培養策が打たれている。2008年4月1日より、渋滞の激しい利府街道経由から、比較的定時性の保ちやすい仙台東部道路・仙台東IC〜新寺通経由に経路変更を行っている。また、一部便については、宮城県水産会館の仙台市青葉区からの移転に合わせて石巻専修大学への延長乗り入れが開始された。